OPINION
Under the flat world, By making giving gifts commonplace,We will realize a fair society for japan to survive.
フラット化する世界において、恩送りという文化を一般化することが日本という国を再び強い国にすることになる。
インターネット等の普及により、世界が均一化されつつあるため、世界中で流言飛語が真実のように語られ、それが常識であるような世論化がしばしば起こります。大手マスコミは、独自の感覚で取材をすることが少なくなり、ネット上に掲載されている文言から取材の対象を絞り込み、その対象の範囲内で強い論法を張る者の主張をそのまま記事にするようになってきました。そのため一般消費者は、さも真実のように語られる広告記事や広告番組を鵜呑みにしがちで、公平中立な立場での情報の取得が難しくなってきている状況を変えるべく、情報弱者を作らせないことで公正な情報の共有化を図り、世界の潮流に負けないような強き日本社会の実現を目的として発行するものです。
恩送りということばはご存じでしょうか。
恩返しの文化があるのはご存じだと思いますが、人口減少傾向において、この恩返しの文化がはびこると、経済は衰退します。
しかしながら、(PAY FORWORD)恩送りの文化は古き良き日本を連想させるもので、強い日本を取り戻すことにつながると私は考えます。
恩送り:「恩送り」とは受けた恩(助け)を、直接その人に返すのではなく、別の誰かに恩を届ける(助ける)こと。
逆に、恩返しはと言うと:受けた恩をその相手に返すといものですが、それがはびこると汚職・不正・忖度※ソンタクにつながります。
論説
最近の米価についての考察 第1回
そもそもこの米価ですが、どのように決められてい(た)るかご存じでしょうか。
お米の価格が下がり過ぎると、生産者の方たちは大きなダメージを受けます。
しかし私たちが買えなくなるほど高くなっても困ります。
奈良時代には既に、国が「常平倉(じようへいそう)」という倉を建て、豊作の時はお米を貯め、凶作なら蓄えたお米を放出して人々の暮らしを安定させていたのです。
実は、昭和から平成にかけても、この構図は同じでした。
ことの発端は第二次世界大戦中の1942年、農業の担い手が戦争に駆り出されて米不足が深刻になり、国は「食糧管理制度」を定めました。この時、政府は生産者からお米を強制的に買い上げ、配給制にしています。
しかし戦争が終わり、戦地から帰ってきた方たちが腰を据えて農業に打ち込み始めた1950年代から、状況は逆転しはじめます。お米の増産が続き、1951年にお米が配給制でなくなると、この頃からお米が余るようになってきたのです。
すると食糧管理制度は“お米の生産者を価格の下落から守る制度”へと姿を変えていきます。国は農業者が困らない値段でお米を買い取り、経済状態が悪い家庭も買える値段で売ったのです。この結果として政策自体が巨額の赤字を生み出し、60年代には減反政策が始まります。
ところが、それでもお米の在庫は増えていきます。当時、国の財政を逼迫させていたのは「お米」と「国鉄」と「健康保険」。頭文字をとって「赤字の3K」とも呼ばれていました。
ここで政府は、政策を転換します。
1960年代末頃から米価を市場にゆだね始めたのです。
まず、生産者が政府を経由せずにお米を売ることができるようになりました。
政府が売るお米が「政府管理米(政府米)」、生産者が販売するお米は「自主流通米」と呼ばれたのはこの頃で、自主流通米の価格は「自主流通米価格形成センター」で行われる入札によって決められました。
その後、次第に自主流通米の割合が増えて行き、1990年頃には流通するお米のうち、政府管理米の割合は2割を切ります。
そして1995年に「食糧管理制度」は廃止され「食糧法」が施行されます。これにより、農業者はお米を自由に販売でき、価格は市場原理に任されることになりました。というのが表側。
ここで本題、では裏側というと、
市場原理を完全に導入したかというとなんと米価の調整は今も続いています。
食糧管理制度の廃止後も、米価が安くなると農水省が緊急措置としてお米を買い上げるなど、極端な値段がついた時は調整しているのです。
また、価格には目安があります。仮にお米をネット販売するなら、値付けは生産者次第となるはず。
しかし現実的には、お米の流通のおよそ5割を扱うJAグループや経済連が県単位で決める「概算金」や「相対取引価格」が価格の目安になっているのです。
概算金は、簡単に言えば「予想価格」兼「前払い金」です。各地の農協や経済連は、前年のお米がどれだけ残っているかなども計算に入れ、お米の価格をいったん「概算金」として決め、生産者からお米を集荷した時に代金として支払います。
「相対取引価格」は実際に取引された価格を指します。
各地の農協や経済連は、生産者から集荷したお米を卸売業者に出荷します。この時、買い手と交渉し、お米の銘柄ごとに価格を決めます。これが「相対取引価格」です。
ここでは余談ですが「相対取引価格」が決まると、各地の農協や経済連は生産者に対し、「概算金」と「相対取引価格」の差額を支払います。実際の販売価格である「相対取引価格」から、販売にかかった経費と、既に渡している「概算金」を引いた金額を支払うのです。
話を元に戻しましょう。ようするに、このJAグループや経済連が決める「概算金」や「相対取引価格」(なかでも「概算金」)が、現実的にはお米の価格の目安になるのです。
つまり、本来の市場原理が完全にはたらくのであれば、極端に安い価格で小売り業者が販売しててもおかしくはありません。
しかしそうはなりません。この概算金がある限り、その金額を下回ることはありえないからです。
この概算金ですが、政治的思惑で価格が左右されています。
つまり、利権団体であるJAグループの票次第というわけです。
そもそもこのJAグループ、何の目的でつくられた組織がご存じでしょうか。
古来より、農業は大きな地主がいてその地主の元で小作人と呼ばれる労務を提供する人達が作業を行い収穫し、それを消費地の問屋に買い取ってもらっていました。つまり市場原理がはたらいていました。
それをGHQが占領政策で日本が再び米国と戦争できないように、米国が一番の脅威とみなした日本人の生産能力について、生産性の低下を狙い、工業では財閥を解体し、農業では地主の土地を細分化して小作人に分け与え集約的生産性(※人・もの・お金を一か所に集めることで生産性が上がること)を低下させることに成功しましたが、農業においてこの生産性の低下が逆に農家の所得を低下させることにつながってしまい、対策として相互扶助組織を立ち上げることとし、
JAが組織化することとなったのです。
JA(農業協同組合)の本来の目的は、農家組合員が互いに助け合い、営農と生活を守り高めること、よりよい地域社会を築くことです。
そして農家一戸一戸では達成し得ないことを、組合員が力を合わせることで助け合い、よりよい社会を作っていくことを目標としています。
そのため、農家組合員は、出資をして一人一票の投票権・議決権を持ち、組織を民主的に管理していました。
しかし、この投票権・議決権を持たない準組合員が組合員より多く存在します。
本来協同組合は、利用者が所有し、管理し、利益を受けることが前提です。
その管理権を持たない準組合員は、協同組合規程に則りJAグループから除外すべきだと思います。
その代わりに、JAグループや農水省などの影響が及ばない組織を立ち上げ、そこに移管するべきではないでしょうか。
そうすれば、JAは原点に立ち返ることができ、政府も本来あるべき農業の姿を構築できるのでないかと考えます。